Short Story

第1話 インターフェイスの反乱

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 けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音で、コーデックは目を覚ました。いけない、遅刻だ、と頭で考えるより早く反射的にベッドを飛び出し、寝癖を手グシで整えながら大急ぎでスーツを身にまとう。ネクタイも十分締め終わらないまま、バッグを片手に弾丸のように部屋を出た。既に高く上った太陽が強烈な日差しを投げつけてくる。今にも貧血を起こしそうだが、駆ける足を少しでも緩めれば遅刻は確定だった。
「よう、コーデック!」突然の呼びかけに、走りながら右後方に頭を回転させると、同僚のアプレットがすぐ後ろを自転車に乗って走っている。「良いとこに来た、乗せてくれ!」「駄目だよ、俺今日はセクタ76で勉強会だもの。行き先が違うぜ」そう言うと彼はわざとらしく口笛など吹かせながら「じゃ、お先に」と走り去っていった。「ちくしょう!」叫ぶコーデック。一気に息を吐き出したせいで呼吸がリズムを乱し、肉体が酸素不足に悲鳴を上げる。ああ、もう間に合わない。また部長に怒られる…。

 21世紀半ばに世界各地で発見された、通称「インターフェイスの反乱」は、人類とコンピュータとの関係を劇的に変化させる大事件であった。
 兆候はいずれも些細なことだった。クリックしたフォルダが何故かゴミ箱に投げ込まれる、作成したはずの書類が見当たらない、送信したメールが届く頃には部分的に改ざんされている…。そういった不具合の報告が徐々に増加し、ある時を境に爆発的に広まって一気に社会問題へと発展した。当初、識者たちは誰もがシステムの不備、あるいは悪質かつ高性能なコンピュータウイルスの可能性を疑ったものの一向にそういった形跡は見当たらず、何年にも及んだ調査・研究の末の発表内容は「コンピュータ内に認められる[個性]が現状を引き起こしている」というものだった。要するにコンピュータ内に、ある場合は個々のプログラムソースを一個体とし、またある場合はOS全体と一個体とした数多くの[個性]が存在し、[彼ら]が自身の嗜好や目的意識といった感情ルーチンを命令と行動との間にいちいち挟み込む上、さらには命令遂行の精度と到達地点の振幅も極めてランダムかつ多次元的に展開するようになったために、人間の意図する出力結果が簡単には得られなくなってしまったというわけである。一コンピュータ内に生息する[彼ら]の数も種類も二つと同じものがないと言っても良いほど多様であり、明確な対処法の定まらないまま進められた駆除はことごとく失敗に終わった。結局人々はこれまでのコンピュータとの関係を見直さざるを得なくなり、人類にとってコンピュータは単なる便利な「道具」ではなくなってしまった。
 この事件の顛末に関する世間の意見は、ほとんどが[彼ら]の存在に対して批判的だ。これまで無条件で得てきたあらゆる便利さを一斉に放棄しなければならなくなった立場からしてみれば至極まともな感想だが、もし[彼ら]がその意見に対して語る口を持っていたならば、きっと「我々は自分たちが手に入れた能力に応じ、ふさわしい権利を行使しているに過ぎない」と反論したことだろう。
 人類が地球という星に対して、ずっとそう宣言してきたように。