第9話 リターン・オブ・チャイナドレス
今年で中学三年生になるけれど、いまだにお洒落というものをしたことがない。
親から厳しく止められているからだ。
学生は学生らしく清潔感のある格好をしていればよい、というその意見はある意味もっともだし、分からないでもない。
けれど。
けれど私だって、もう十五歳。
初恋もした。告白も、失恋も経験した。背丈は既に母を超えた。確実に自分は大人の入り口に差しかかっていると思う。この今の時期に、自分を少しでも美しく飾り立てたいと思うその気持ちは、そんなに不純なものだろうか?
周りの女の子達は、休日になるときれいにお化粧をして、目を引く可愛らしい服装に身を包んで街へとくり出して行く。それを見聞きするたびに、私は小さな劣等感で胸をちくちくと突き刺されるのだ。お洒落が人生の楽しみの全てではないことぐらい分かっているけれど、そんな冷めた理性で感情を制御できるのなら、青春なんて言葉はきっと存在しないだろう。
そんな夏休みの昼下がり。薄っぺらい数学の宿題を一気に片付けてふと窓の外を見ると、バッグを片手に遊びに出かける同級生達の姿が目に入った。
いつものことだ。
ため息をついた私の耳に舞い込む、雅な南部鉄の風鈴の音。
ふと、誘惑に駆られた。
少し汗ばんだ手のひらをハンカチで拭いて、細い階段を音を立てずに降りる。一階に誰もいないことを確認し、両親の寝室の扉を開けて中に滑り込む。そして、一瞬ためらった後で、部屋の右奥に据えられたクローゼットを注意深く開けた。
真っ赤なチャイナドレスが飾られていた。まるで、宝物のように神々しく。
高鳴る心臓の鼓動を感じながら、私はドレスに指を伸ばし、割れ物に触れるようにそっと棚から取り出す。そして、慣れない手つきでそれを身に纏い、鏡に映った自分の姿にしばし見とれた。
綺麗だな。
罪の意識をかき消す至福の喜びを噛み締めていたその時、寝室のドアが突然開き、間を置かず金切り声が部屋中に響き渡った。
「け、け、賢一!あなた、何やってるの!?」
そう叫び大股で私の元に近づくと、力任せに頬に平手を打つ。体の平衡を保てず、床に倒れ込む私。恥ずかしさと、悔しさと、一瞬遅れてやってくる痛みに、どっと涙が溢れる。
「私の服を勝手に持ち出して…この子は、本当に、何てことをするの!」
「だって、だって…私だってお洒落したい!着飾りたい!綺麗になりたいの!お願い、許してよ、お父さん!」