第14話 髪を切った日
髪を切った。
5年間、伸ばし続けた髪。
彼と別れて、二週間後のことだった。
行きつけの喫茶店に一人、立ち寄って、
モカケーキとダージリンティを注文する。
いつもの無精髭をきれいに剃り落としたマスタは、
注文の後、無言でこちらに視線を投げた。
一粒の激しさもない、霧深き湖畔を映したような瞳。
ふっ切れましたか、って、訊いてるみたい。
私はぺろりと舌を出して、小さく肩をすくめる。
マスタは目を細め、やがてケーキの準備にキッチンへと消えた。
でもね、本当はふっ切れてなんかいない。
ふっ切れたよ、って、そう見せかけたかっただけ。
今にも女々しいことをしかねない自分を、見張っていて欲しかったから。
カッコ悪い人間にも、情けない女にも、なりたくなかったから。
そして…
深い深い傷跡を、髪を切った私を、
彼に、見て欲しかったから。
おかしいね。
たった一つの行動なのに、もう矛盾。
優しい他人。卑怯な自分。憎らしい彼。大好きな彼。
何だか、たまらない。
いつもよりずっと甘いモカケーキの味が、心の襞に柔らかくしみて、
こらえていた想いが一粒、思わずこぼれた。
そんな私に背を向けて、黙々と皿を拭くマスタ。
その不器用な優しさと、もう後戻りできない哀しさに、
また、涙が溢れた。