Short Story

第2話 ロイヤルストレートフラッシュ

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 ゲームは終盤に差しかかっていた。
 薄暗いバーの一室、周囲の喧噪をよそに台を挟んで静かに向かい合う二人。口元に浮かべた微笑を一片も崩すことなく僕の目をちらりと眺め見た彼女は、つややかな手つきで中央の山札からカードを引いた。
「貴方の番よ」
 言われなくても分かっているさと目で返事をして、僕は手札のカードを一枚台の上に置き、山札のカードを素早く手元に引き寄せた。
 鼓動。
「勝負ね」微笑の裏に余裕と自信をちらつかせて、彼女は手札をそっと公開する。そして僕も、収まらない動悸を精一杯しずめるべく、いつも以上にゆっくりと、表返しの手札を台の上に並べる。
 彼女は7のフォーカード。僕は、ハートのロイヤルストレートフラッシュ。
 僕の勝ちだった。

「言ったよね。勝負に負けたら、僕のパートナーになるって」
 緊迫から解き放たれ弛緩した空気を肺一杯に吸い込んだ後、僕は口を開く。彼女は眉の根をほんの少し寄せて、困ったような笑みを浮かべたまま、「約束は守るわ」と答えた。椅子から立ち上がり、壁に寄りかかった僕にしなやかに体を寄せる。耳元に今にも届きそうな唇に思わず胸を高鳴らせる僕に、かすれるような小さなささやきが届いた。
「でも、貴方はこれで良いの?こんなポーカーの勝ち負けだけで私を自分のものにして…それで、貴方は、本当に勝ったと、そう思えるの?」
 彼女の背中に触れようと動いていた左手がぴくりと硬直する。言葉にならない複雑な想いが行き交って、僕の体の動きを止めてしまっていた。そんな僕を上目遣いで見つめる彼女は、いつもの制御された微笑をほんの一瞬ほころばせ、驚いた僕がそれを確認しようと目を向けた時には、もう胸元からするりと抜け出してしまっていた。「また、今度ね」普段通りのクールな表情に戻った彼女は、立ちすくむ僕を尻目に悠然と部屋を去っていった。

 宴の過ぎ去った僕の五感に、濃厚なアルコールの香りとうっすら漂うタバコの煙が急速に質量を帯びて染み込んでくる。
「いつになったら”勝てる”んだか…」
 顎を台に乗せて力なくため息をついた僕は、ふと視界に映ったかすかな違和感に気づいた。最後に引いたハートのエース。その裏に、柄に巧みにカムフラージュされた小さな文字が書かれている。カードを近くに引き寄せてそれを読んだ僕は、思わず苦笑した。
 全く、お前も回し者かよ。
 そうつぶやいて、親指でカードを勢いよく弾く。
 ひらひらと舞い落ちた台の上には、僕には出来過ぎのロイヤルストレートフラッシュ。
 カードの裏には一言、「そんな貴方が好きよ」と書かれていた。