Short Story

第16話 旅立ち〜ハロー・グッドバイ

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 まるで角切りにされたミルクのような、静謐でつややかな壁。
 見つめながら、少年は立っている。
「あなたの目の前に、何がみえる?」
 問い掛ける、声。
「現在は、無限のカタチをもっているわ」
「はるか彼方より絶え間なく流れくる未来と」
「目の奥の宝石箱にしまい込まれた膨大な過去とが」
「結実し、像を結んでいるのが、あなたの目の前の現在」
「だから、ほんの少し、未来に呼びかけてごらんなさい」
「ほんの少し、過去の引き出しを探ってごらんなさい」
「そうして、あなたの望む世界を、現在にえがいてごらんなさい」
「できるはずよ、誰だって、あなただって」
「どんな世界だって、創れるはずなのよ」
 響き、さざめく、声。声。声。
 少年は、緩やかに、だがしっかりと、
 前へと踏み出す。
 伸ばした手が、ミルクの壁に触れる。
 指先に感じた母が、透けて消える。
 心地よいエッジの風が五指の隙間を駆け抜け、
 やがて、甘い雲の香り。

 母の声も姿も、もう、感じられない。
 でも、きっと彼女は、
 今も変わらず、微笑んでくれているだろう。
 少年はそっと口ずさむ。

 "Hello, Good-bye"